私の20歳前後の頃は、まさに自暴自棄でした。
いろいろな要因がありましたが、特に、田舎から出てきた若者がまず苦労するのが、お金だろうと思います。
生活費&予備校の資金を調達するために、深夜23時から早朝8時まで、池袋のミニストップで年10回しかない休みのシフトに入っていたことがあります。源泉徴収票の年収は250万円だったとおもいます。
当時は若かったので、それでも私を雇ってくれた「雇われ店長」が、天使に見えました。
しかし、深夜のバイトの浪人生が、昼に予備校などに行けるわけがないのです。バイトが終わって行くとこといえば、パチンコ・マージャン・・・。そんな繰り返しで、いつしか当時流行った丸井のキャッシング。自転車操業に陥った。(が、何とか回してた。)
その「雇われ店長」が、川崎で、自分の店を持ちたいというので、一緒にやってくれないか?とのことだったのでOKサインを出した。が、オープンは半年後とのことだった。
長期のバイトは、経験もあるし自信もあったが半年食っていくには短期のバイトでつないでいくしかない。
バイト情報誌にて、「避暑地山中湖でのファーストフード・住み込み3食付」なんてのがあった。日給はそれほどでもなかったけど、テニスの避暑地山中湖で、富士山見ながら、リゾート気分で・・・しかも彼女ができれば・・・なんて誰しも考えるのが普通なバイトがあったので応募した。
ジョイ商事株式会社・・・戸越銀座に「JOYーPATIO」というレストランがあった。そこの支店が、山中湖店ということで、その本店で面接を行った。
面接では、相当辛いバイトである旨社長から釘をさされた。一応2ヶ月ちょっとの全期間やり遂げた(壮絶なストーリーの連続だったけどここでは、そのことに触れない)。当初の約束の給料より、頑張り分が加算され、50万近いカネを持って下山することができたときの感動は、今でも忘れません。
あれから20年は経つであろう。先日、その戸越銀座のJOYーPATIOに行ってみた。レストランで食事をしてから社長に会いに行けば、ひょっとして社長が私のこと覚えていてくれて、話しをしてくれるかな?なんて淡い期待をして行ったけど、お店は見当たりませんでした。
かなりショックでした。
幸い、ネットで、ジョイパティオ山中湖店に関する情報があるので、古巣は営業している様子であろうと思います。社長に挨拶に行ける機会を作りたいなぁ。覚えていてくださらないならショックですが。
なんてことを考えた「戸越銀座」でした。
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